![]() 1.「長3度の罠」8月28日 2.「音楽と言葉(1)」8月29日 3.「音楽と言葉(2)」8月31日 4.「レベッカ・スチュワート師」9月1日 5.「修道院の鐘の音」9月7日 6. アントワープ便り・付録その1、2 |
5.「修道院の鐘の音」9月7日
ワークショップ、そして音楽祭が終わってから帰国するまでの数日間を、オランダにある行きつけの修道院で過ごした。グレゴリオ聖歌で有名なフランスのソレム修道院の系列で、典礼のすべては中世さながらベネディクトの会則にある通り、ラテン語で歌われる。聖堂にはオルガンさえなく、もちろんテレビもCDプレーヤーもないので、ここにいる限り耳にするのは単旋律のグレゴリオ聖歌と鐘の音だけだ。
生活のリズム、修道院の建築、それぞれ定められた役割を無言で淡々とこなす黒衣の修道士たちの仕草、仕事や聖務日課の始まりと終わりを告げる様々な種類の鐘の響き。すべてが千年以上の間毎日同じように繰り返され、様式化されながらも深い意味を湛え、ひとつの目的のために有機的に機能している。倍音が溢れ出る鐘の音に身をゆだねているだけで、心身ともに浄化され、静かな落ちつきの中に入っていくのを感じる。うわべの感覚を刺激したり、興奮させたりするものは何もない。食事なども気が遠くなるほど単調だ。それなのに、その静けさの中から不思議と感謝の気持ち、浮き足立たない喜びが日毎にじわじわとわき上がってくる。五感を通して入ってくるものが限られているために、五感を超えたところで何かが訴えて来るかのようだ。
私が古い宗教音楽を現代日本で演奏することの意味はここにある。私自身や歌手たち、そして私たちの歌に心の波長を合わせてくれるすべての人が、短い時間でもこの感覚に浸れる様になること、それによって一人一人の生活に、ものの見方に、そして人生そのものに、さらには社会に神の息吹が注がれる隙間を少しでもつくってもらうこと。
もちろん15世紀の作曲家が皆聖人だったわけではない。宗教改革前夜で、教皇を始めとした聖職者の道徳的退廃も進んでいた。ジョスカンも法外な報酬を要求したり、他の作曲家がやっていないような超絶技巧的対位法を駆使したミサ曲を作曲して、自らの才能を誇示しているようにも見受けられる。あまりに知的に考えられすぎていて、総譜とにらめっこして緻密に分析しないとその真意が掴めないような曲を書いた作曲家もいる。
しかしそんなことはどうでもいいのだ。その表層を通り越して音楽の奥底に近づいていくとき、中世の人たちが持っていた強烈な神への思いがたち昇ってくる。無神論などという観念が存在しない時代、女を家に囲っていたような神父も含めた多くの人々が、魂の奥底では大変信心深かったに違いない。デュファイもジョスカンも、死後自分のために祈ってもらうよう自作の曲を指定して演奏させ、そのために多額の遺産を残している。
修道士たちは訪れる客に決して説教はしない。普段の生活では沈黙が原則だが、「リクレーション」と称して食後に雑談をする時間が30分ほどある。客は担当の修道士と別室で、あるいは庭を歩きながらよもやま話をする。修道院で最近起こった他愛もない「事件」、修道院を出て行ってしまってどこかで結婚した元修道士の話などをしたり、客人の仕事の話を尋ねたり、時に大笑いをしながら楽しく過ごすが、一度として教え諭すようなことを聞いたことはない。イエズス・キリスト、マリアという名さえ、口にされたのを聞いた覚えがない。しかし、ここでの生活そのものがすべてを物語っている。そして私たちが忘れかけている世界に呼び戻してくれるのだ。同じようなことが、ジョスカンらの音楽を歌うことできっと可能になると私は信じている。旋法の動きを歌うためのテクニックも、楽曲分析も、この修道院の空気の中に漂っている精霊のようなものを再創造するための手段、別の空間への入り口を開けるための道具なのである。
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こうして、私の2週間にわたる旅は完結した。はっきり言って新たな発見は何もなかった。すべてはとうの昔にすでに学び終えたこと、十分に体験したことばかりだった。もちろん、そんなことは始めからわかっていた。今回大事だったは、そのようなことがこの旅を通して深まること、自分の中にさらに染み込んでいくこと、忘れかけている感覚を呼び戻してしっかりと自分の中に沈殿させること、そうして、また日本で先に進んでいけるようになることなのである。もちろん、日本に帰って5年、私自身いろいろなことを体験してきたし、少しは成長したつもりだ。それを確認したい気持ちもあった。レベッカに自分の声の具合について訊いた時、「とても良くなっている、特に低音の響きが良い(とって付けたように使ったファルセットはさすがに、今一だったようだ)、それに体の使い方、音楽の感じ方、指導の仕方を見ていてもわかるけど、テツローは確実に何かを掴んだわね。」と言ってくれたのがとても嬉しかった。私のことを誰かに紹介するときに、「私の同僚(同じ仕事にたずさわっている者という意味)」と言い、私が日本人らしく「いえいえ、弟子ですよ」と謙遜しても「ノーノー」と否定していたことも、恥ずかしくも正直に告白すると自尊心をくすぐった。
今、修道院があるオランダの南端からアムステルダムの空港に向かって北上する電車の車窓から、どこまでも続いていく見馴れた田園風景をぼんやり眺めている。ほとんど第2の故郷となったオランダから日本に出発するのは、帰国する、というよりは、異境の地に旅立つという気持ちだ。さあて、出かけるとするか、買い込んだ本や楽譜でずっしりと重くなったスーツケースを抱えて、鐘の余韻が細胞の隅々で振動しているのを感じながら。■
→アントワープ便り・付録その1、2 へ続く
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