【期間限定公開】ヴォーカル・アンサンブル カペラ音楽監督 花井哲郎のプログラム・ノート

posted in: ニュース | 0

【プログラム・ノート】
ヴォーカル・アンサンブル カペラ音楽監督 花井哲郎

 西洋音楽史の中にはそれぞれの時代を特徴付ける、代表的な作品と言えるような大作がありますが、マショーのノートル・ダム・ミサは間違いなくその最初の一曲でしょう。一人の作曲家による現存する最古の通作ミサ曲であるという以上に、大作曲家マショー自身のみならず14世紀に到る音楽様式の集大成であり、同時にマショーの強烈な個性がにじみ出ている傑作です。そして現代の私たちにとって、古い中世の音楽であるにもかかわらず、聴くものを未知の世界に引きずり込むような、不思議な魅力のある音楽です。本日はマショーのミサ曲は各パート一人ずつ、男声のみ4名の歌手によって演奏されますが、そうすることでマショーの時代の響きに近づけることができるのではないかと思います。

晩年のマショー

 ギヨーム・ド・マショーは1300年頃に生まれた14世紀の作曲家であり、同時に大きな詩作品をいくつも残している大詩人でもあります。ボヘミア王でもあったリュクサンブール公ジャンに聖職者、また秘書官などとして仕え、その宮廷のために数多くの世俗作品を作曲しました。各地の教会に役職を持っており、その報酬である聖職禄を得る聖職者ではありましたが、残されている作品のほとんどは恋愛などをテーマにした世俗的な歌曲です。リュクサンブール公の華やかな宮廷とともにフランスから東欧のボヘミアまで、ヨーロッパ各地を頻繁に旅して歩いていたと思われます。しかし後半生は、以前から聖職禄のあった大聖堂参事会員として北フランス、シャンパーニュの古都ランスに住み、その地で1377年に没します。

 カテドラル、つまり司教座聖堂であるランスの大聖堂はジャンヌ・ダルクの一件にも登場しますが、フランスでも最古の聖地の一つであり、歴代のフランス国王が戴冠式を行った聖堂です。フランスの覇権を巡ってイングランドとの間で争われた百年戦争のただ中にあって、ランスのイングランド軍による包囲といった災難にも、マショーは晩年に見舞われるのです。それは1359年から1360年にかけてのことで、ペストが流行してまだ間もない時期でもあり、マショーが60才の頃、そろそろ人生の終わりを考え、その準備をしようかという時でした。ノートル・ダム・ミサが作曲されたのはその頃だったと考えられています。

 もちろん650年も前の音楽ですので、作曲年代を特定するのは困難ですが、マショーの場合、古い時代の音楽家としては特殊な事情があります。マショーは自分の音楽作品と詩作品のすべてを、パトロンである国王や大公らのために、自らが監修して豪華な写本にまとめ上げました。そのような作品全集は6冊残っています。老年になってから情熱的な親交のあった少女ペロンヌにあてた手紙の中で、ひとりの主君のために自分の作ったものすべてが含まれている楽譜集を作らせているところだ、と語っています。ノートル・ダム・ミサは初期の写本には収録されていないので、ある程度の作曲年代を推定することができるのです。聖職者として日々典礼で聖歌を歌う立場にあったのに、宗教的な音楽をほとんど作曲してこなかったマショーが死を予感しながら、またさらに困難な社会状況に直面して大規模なミサ曲を構想したのではないか、白鳥の歌を作り上げようとしたのではないか、とも思われます。

 そもそも、14世紀にはミサ曲を一つの完結した音楽作品として作曲するという習慣はありませんでした。その頃のポリフォニーのミサ曲は、各楽章がそれぞれ別々に独立した断章であるか、あるいはグロリア−クレドとか、サンクトゥス−アニュス・デイ、といったペアの形でした。「トゥルネーのミサ」と呼ばれる作曲者不詳のミサ曲など、14世紀にもすべての楽章がまとまっている作品もいくつかありますが、むしろ例外的です。そんな中、マショーは晩年に創作の集大成としてミサ曲を作ったのかもしれません。

聖母のミサ

 ノートル・ダムとは文字通りには、私たちのご婦人、であり、それは聖母マリアのことを指します。ノートル・ダム大聖堂といえば、パリのノートル・ダムをまずは思い浮かべますが、ランスのカテドラルも聖母に奉献されたノートル・ダム大聖堂です。そして、マショーのミサ曲は、写本の一つに「ここにノートル・ダムのミサが始まる」Ci commence la messe de nre (nostre) dame(譜例1)と冒頭に書かれているため、ノートル・ダム・ミサと呼ばれています。

 さらに、このミサ曲はグレゴリオ聖歌のミサ曲の旋律を土台として作られていますが、その聖歌が14世紀フランスで聖母のミサとして歌われていた旋律であることが知られています。そもそもミサ曲とは、キリエ、グロリアといったミサの通常唱をまとめたもののことです。通常唱の歌詞はどのようなミサでも変わりませんが、それぞれのミサの内容によって、あるいは祝日の等級などによって旋律は異なります。どの旋律をどのミサで使うかということは、それぞれの時代や地域によって一定の決まりがありました。

 たとえばノートル・ダム・ミサで使われているグレゴリオ聖歌のキリエの旋律は、現在では第4番といわれている旋律で、大祝日で歌われる旋律になっています。中世には基本の歌詞に挿入句を差し挟んでいく、トロープスという習慣がありましたが、特に一つの母音で多くの音を歌っていくキリエには、その一つ一つの音に音節を当てはめて別の言葉を歌っていくトロープスが数多く作詞されました。キリエ4番には、一般的に「全能の創造者である神」”Cunctipotens Genitor Deus”というトロープスがありますが、他にも、当時のフランスには「おとめたちの王」”Rex virginum”という聖母に関連したトロープスがありました。そのようなことからも、この旋律が聖母のミサで使われていたことがわかり、それを基にしたマショーのミサ曲が聖母のミサのための作品であることを察することができます。

 ランスの大聖堂には主祭壇のある教会内陣の周りに、いろいろな聖人に捧げられたいくつもの小祭壇が配置されていました。そのひとつに美しい聖母の御像のある祭壇があり、その近くにマショーは葬られましたが、その墓碑銘が残されています。それによると、マショーと、同じくランスの参事会員であったその兄弟ジャン・ド・マショーは、毎週土曜日にこの祭壇で聖母の歌ミサを捧げるための寄進をしたということです。以前からの寄進とあわせると相当な額になり、ポリフォニーを演奏できる有能な歌手に支払いを続けるのに十分でした。14、15世紀には、中央内陣の主祭壇で行われる荘厳ミサなど、大聖堂の主要行事ではグレゴリオ聖歌が歌われるのが基本であって、ポリフォニー作品は諸侯の宮廷礼拝堂や、こういった小聖堂などでの典礼で、プライベートな特別な基金によって演奏されることの方が多かったようです。したがってマショーのノートル・ダム・ミサも作曲家の没後も絶えることなくずっと、マショー自身とその兄弟親族らの魂の救いのために、この土曜の聖母ミサで演奏するように作られたのかもしれません。

 そういったことからも、大聖堂のなかで歌われるとはいえ、それは聖堂を満たす大会衆の中ではなく、大空間の中に作られた小さな礼拝堂で、少数の列席者のために、息が聴き取れるような近いところで歌われた、と考えた方がいいでしょう。また、当時の聖堂には旗やタペストリーなど多くの布がありました。現在のヨーロッパの、がらんとしてやたら残響の長い大聖堂とは音響はだいぶ違っていて、マショーの作品のような繊細で細かいパッセージも聴き取りやすかったことでしょう。

魅力の源

 ノートル・ダム・ミサの持つ不思議な魅力は一体どこから来ているのでしょう。この作品を特徴づけている3つの要素があります。それは、アイソリズムによる全曲の絶妙な構成、ホケトゥスと呼ばれる特異なリズム、そして時代の枠組みをはみ出した不協和音です。

 アイソリズムとは近代音楽学の用語ですが、14世紀から15世紀にかけて使われた、主にモテットの作曲原理です。14世紀のモテットは通常3声で、まずテノールというパートにグレゴリオ聖歌のある一節が長い音価であてがわれます。旋律自体は何度か繰り返されます。その際、ある一定のリズムパターンを考案して、旋律に当てはめていきます。そこには休符も含まれ、旋律線とは関係なくリズムパターンが反復されますので、聖歌の旋律は切り刻まれて、本来の歌としての機能をほとんど失い、完全に音楽の土台となります。この音程としての旋律素材をコロール、そこにあてがわれるリズムパターンのことをタレア、といいます。その上にモテートゥス、トリプルム、という聖歌とは異なる歌詞を持つ高い2声部が加えられて、曲が作られていきます。時によるとテノールを和声的、リズム的に補完するコントラ・テノールが追加されて4声部の曲となることもあります。アイソリズムはそもそもポリフォニーの最初の形であるオルガヌムからの直接の発展形であって、「神聖な」グレゴリオ聖歌をさらに荘厳に装飾していく方法の一つとも見なすことができるでしょう。

 たとえば先ほどのキリエ4番では、最初のキリエは旋律としては28個の音があります(譜例2)。これがコロールで、そこに、この場合は4つの音と1つの休符からなるリズムパターン、タレアを当てはめていきます。すると7つのタレアによって旋律にリズムが与えられていることになります。作曲の仕方は、コロールの音の数を割るのに何音からなるタレアを考案すればいいか、というところから始まるわけです。4音のタレアというのはかなり少ない方で前時代的ですが、大曲の冒頭にそのようなわかりやすい古典的リズムを持ってきたということなのでしょう。キリエの2番目のセクションであるクリステでは、3つの休符で区切られた11音からなるタレアが、34音のコロールにリズムを付加しています。余った1音は最終和音として扱われています。

 モテットの場合は、コロールは何度か繰り返されていきますが、ノートル・ダム・ミサでは、聖歌のミサ曲が全体として原形のまますべてコロールとして、繰り返されることなく作品に組み込まれています。そしてこの曲の特徴は、このアイソリズムが残りの3つの声部にも適用されているということで、パン・アイソリズムなどと呼ばれます。もちろんタレアのリズムは各声部で全く異なります。これが作品全体に一様ではない、しかしそれぞれのセクションでがっしりとした基盤となり、繰り返しが生み出す調和の取れた壮大な構築物を形成しているのです。

 テノールを補完するコントラ・テノールは完全なアイソリズムになっていますが、細かい音価で動き回る上2声、モテートゥスとトリプルム声部のリズムパターンは、細かく見ていくとタレアの繰り返しごとに少しずつ違っています。しかしその中でも、ほとんど変わらなく同一である箇所が必ずあります。それは特にリズムがやたらと細かく複雑な箇所で、そのリズムが出てくるたびに同じように繰り返されます。この複雑なリズムは音価が細かいだけでなく、いくつもの小さい休符を挟んでいて、まるで続けざまにしゃっくりをしているようで、ホケトゥス、と呼ばれます。2つの声部がそれぞれに異なるホケトゥスで応酬し合って、さらにそこに速いシンコペーションが加わって、特異なリズムを生み出しているのです。これがこのミサ曲の2つ目の魅力の源です。アイソリズムもホケトゥスも、アルス・ノーヴァと名付けられている14世紀フランス音楽全般に見られる特徴ですが、その最高の形がこのミサ曲に結実しています。

 この曲の中には実は、アイソリズムでない楽章もあります。それがグロリアとクレドです。この長い2つの楽章は、典礼の中での性格上歌詞がたくさんあります。言葉を聞かせていくのが大事な部分でもありますので、ノートル・ダム・ミサでは複雑なアイソリズムではなく、4つの声部すべてが和音の塊となって同時に歌詞を淡々と唱えていくという作りになっています。グロリアはほぼ同じ長さの4つのセクションとアーメンから、クレドもだいたい同じくらいの長めの3つのセクションと短めのアーメンからできています。黒色計量記譜法で書かれたオリジナルの楽譜、コワイヤブックを使っているととてもわかりやすいのですが、ちょうどそのセクションの区切りまでが一つの見開きになっています。アイソリズムではありませんが、歌詞の意味上の区切りに対応して、やはり一定の長さが繰り返される構造がここでも下敷きなっています。

 この曲にはよく不協和音が出てきますが、とくにこの2つの楽章でそれが目立ちます。そもそも、マショーとその時代の音楽は、ミ−ファという導音とその解決を、移動ドで読んで、異なるピッチで、2つの声部で同時に進行させる二重導音が奇妙な響きを作り出すことがよくあります。マショーはその「ミ」の重なりに徹底的にこだわっていて、さらにミーファと「解決」しないまま宙ぶらりんで次にいってしまうことも多いので、はぐらかされたような気持ちになります。また、この時代の雰囲気にまるでそぐわない、七の和音も要所要所に出てきます。そしてさらに推し進めて、あからさまに半音でぶつかるような不協和音もあります。これらの不思議な和音、音のぶつかりが、一見歌詞を唱えているだけの単調なグロリアとクレドの進行に、豊かな色彩感を与えています。それが3つ目の魅力です。

 この楽章で、それぞれアーメンだけは作りが違います。ここではアイソリズムかそれに近い書法で、「ア」の母音だけで美しい唐草模様を描きあげていきます。楽しいホケトゥスももちろん含まれています。

 マショーのモテット「幸いなおとめ / けがれない御母 / あなたに嘆息します」”Felix virgo / Inviolata genitrix / Ad te suspiramus”もアイソリズムの手法によって作られています。そのテノールは聖母のアンティフォナ「サルヴェ・レジーナ(めでたし 元后)」”Salve regina”の中の苦しみに満ちた一節「嘆きながら泣きながら、涙の谷であなたにむかって嘆息します」”Ad te suspiramus, gementes et flentes in hac lacrimarum valle.”です。23曲あるマショーのモテットのうち最後の23番目で、おそらくノートル・ダム・ミサと同じ時期に作曲された、姉妹作品ともいえる曲です。イングランドのランス包囲を思わせる歌詞「敵に攻め込まれているのに守りは弱く」も含まれていて、困窮の内にあって聖母に助けを求め、平和を願うモテットです。

 本日の演奏会ではマショーの作品を聖母のミサとして、実際の典礼の形式でグレゴリオ聖歌や祈祷、聖書朗読と共に演奏いたします。それぞれのミサのテーマに即した聖歌をミサ固有唱と言いますが、本日はその固有唱の中に8. 続唱「めでたし世の希望であるマリア」Sequentia: Ave Mundi Spes Mariaを含めました。中世の香り高い美しい旋律が次々と展開される、聖母をほめたたえる歌です。 紛争はいつの時代にも絶えませんが、聖母ミサの聖歌とマショーの音楽のうちに、平和を切に願い、私たちひとりひとりの魂の平安を祈り求めたいと思います。